福澤諭吉と啓蒙思想 3 ~日本再生のシナリオ~


4章 経済学者加藤寛の闘いと福澤諭吉

経済学者加藤寛は、社中の中でも、最も福澤諭吉の世界観を理解し、自己の業績にもそれを反映し、日本改造に貢献した人物である。
彼は『福澤諭吉の精神~日本人自立の思想~』(加藤寛著 1997年)の中でこう語る。「私は学問を修め、さらに社会に関わり、それを試す中で先生の精神を学ぼうとした。この本で書いたことも、文献的に導き出した福澤精神でなく、私自身が感じ体験した福澤精神なのである」。

筆者がペンシルバニア大学大学院留学から帰国して20年も過ぎた頃、私はふとしたことで恩師である加藤寛教授の研究室を訪れた。先生は偶然私の生家から石を投げれば当たる距離に住まわれ、私と中学・高校も同じで、私が中学入学するときには公民の授業を中学で担当されハーバードに留学する直前でもあった。経済学部での加藤寛ゼミナールは人気があった。私はその学年の加藤ゼミの代表も務めていたので、先生とこまめにゼミの運営などについて打ち合わせる立場でもあった。ゼミは緒方洪庵の適塾をモデルとしたものであった。当時学校紛争の最中で、慶應が急進派にバリケード封鎖されたときには、先生が近隣にマンションを借り、そこでゼミ活動を行った。そのとき先生が学生たちに言われたことは『福翁自伝』の一節「この慶應義塾は(中略)世の中にいかなる騒動があっても変乱があっても未だかって洋学の命脈を絶やしたことはないぞよ、慶應義塾は一日も休業したことはない、(中略)世間に頓着するな」。

先生と話をしていて福澤諭吉の教えについて話が及ぶと先生は「ちょっと待ってくれ」と言って奥の書庫に行かれて『福澤諭吉の精神~日本人自立の精神~』を持ってこられて渡された。経済学者の加藤先生は経済政策の分野においても常に福沢諭吉の教えをよりどころにして国家のデザイン、教育等について考えていた。

当時の日本の状況を見て福澤先生はどの様に思われるかとの思いでこの本を書き上げた。日本の病根と再生のシナリオについてのヒントを、福澤先生の教えをベースにして書かれている。
著作の出だしは「1997年年2月3日、福沢諭吉先生が麻布善福寺の墓に中から、すくっと立ち上がってこう言われた。『わが輩が寝ている間に、百年も日本は何をしていたのか』。長身の先生だけに、それは天からの声に聞こえた」。更に続く、「明治維新という激動の日本に生きてこられた先生の環境は、まさに今の日本の激動期の環境と同じではないのだろうか。先生の説かれたことは今の日本に当てはまるはずである。現代の問題と同じ問題を百年前の先生がすでに諄諄(じゅんじゅん)と説き、あたかも今日あるを予見して、用意しておられたのだと思い知らされた。(中略)今日本は病んでいる。(中略)第二次大戦の敗戦を味わいながらも反映をつづけ、日本経済の成功に酔った日本人の、惰性の行きついた姿に過ぎない。まさに病膏肓(こうこう)というべし」、「福沢諭吉の精神を振り返りながら、まさに実学と独立の精神が現在の日本にかけていることを指摘したかった。(中略)あたかも日本の「民」は、自らの創意によって新境地を開くことを忘れたかのような閉塞状況にある」。
加藤先生の危機意識から四半世紀立つが、日本の状況は更に悪化しているが国民に危機意識はなく、現状に甘んじているばかりである。

加藤寛先生の業績を紹介

SFCの開設に尽力し、初代総合政策学部長に就任、行政改革推進の急先鋒として知られ、国鉄、電電、専売公社の民営化などで辣腕を振るった。勲一等瑞宝章。
現代の福沢諭吉と評する人もいる。
歴代政権の政策ブレーンであり、税制調査会会長であり、日本政策学会会長であり、超多忙であった。

「国のお金を失う」と読まれた国鉄を始めとする民営化により、慢性赤字を解消し国の財政を救った。国営は常に非効率をもたらすのが常である。ソ連もそれによって崩壊した。
教育においては、臨調に主張が受け入れられないと分かると、SFCの開設に尽力した。その内容は時代を予測し、新しい実学は何かを見極め、画期的なものであった。(英語やコンピューターの徹底マスター等)

SFCの発足した1990年頃は、世界では新しい時代に合わせた教育改革と投資が行われた。中国や韓国でも小学校低学年から英語が導入され、また、IT教育に力を入れ始めた。
北欧でも、教育改革と新しい産業への投資の選択と集中が行われた。エストニアはIT立国であり、フィンランドやスエーデンでは5Gで世界のシェアードを高めている。
日本ではこの流れに全く乗り遅れて、無策のままバブルを迎え、今度は政策ミスによりこれを抑えすぎてバブル崩壊と長期の不況を迎えた。その間における日本の病を加藤先生は嘆いておられたのだ。晩年先生は「原発中止」を訴え、「これは私の遺言である」とまで言われた。

余談であるが、筆者の尊敬する政治家は原敬、文学者は宮沢賢治、経済学者は加藤寛だが、皆岩手県出身なのは不思議だ。ちなみに、スポーツ選手では大谷翔平のファンである。

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2020年8月12日
GLE(Global Leader Education) 主催
安藤 徳彰


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